英国海軍旅行記
パリ・モロッコ・スペインそしてロンドン周遊の旅 22(by worldspanさん)
その昔、半神半人の英雄ヘラクレスはヨーロッパとアフリカにかかる大きな岩山を、手に持った大きな棍棒で真っ二つに砕いた。そのおかげで地中海と大西洋はつながり、往来が可能となったという・・・。
もちろんこれはギリシャ神話の話だが、現在でも二つに分かれた山は「ヘラクレスの柱」と呼ばれ、ヘラクレスの伝説が今なお語り継がれている。その伝説と舞台となった二つに切り裂かれ、「ヘラクレスの柱」と呼ばれているのは、アフリカ大陸側がセウタ、もう一方のヨーロッパ大陸側が今回の主題となるジブラルタルだ。
ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸に挟まれた西の端、ジブラルタル海峡の名前は高校生だった私でも知っていたが、ヨーロッパ側の岬町のジブラルタルが英国領だったことを知ったのは私が社会人となってから。それまでずっとスペイン領とばかり思っていた。それもそのはず、英国領ジブラルタルは面積は5.8平方キロメートル、人口も3万人にも満たない。そんな小さな領土なので地図の中でも見落としてしまいがちだ。
ジブラルタルの語源はアラビア語。現在のシリアの首都ダマスカスを都とするムスリムのウマイヤ朝が北アフリカを地中海沿いに西進し、711年にはイベリア半島を治める西ゴート王国を滅ぼし、ジブラルタルもこの大遠征で制圧された。この時イスラム勢力は将軍ターリク・イブン・ズィヤードに率いられ連戦連勝を重ねたが、ターリクはアフリカ大陸からジブラルタルに上陸し、ジブラルタルのシンボルになっている「ザ・ロック(岩山)」に要塞を築いた。そこの岩山は「ジャバル・アル・ターリク(ターリクの岩山)」と名づけられる。そしてこの名前が訛りジブラルタルと呼ばれるようになった。
その後変遷を経て1501年にジブラルタルはスペイン王国の統治下に治まるが、1701年に始まったスペイン継承戦争の折、イギリス軍はジブラルタルに上陸し、結果1713年のユトレヒト条約でジブラルタル英国領として認められてしまった。ジブラルタルは以後地中海における英国の重要拠点となり、破竹の勢いでヨーロッパを席巻したナポレオン軍をジブラルタルを拠点にした英国海軍が撃破し、第二次役世界大戦でも対ドイツでジブラルタルに部隊が配置されるなど、軍事的役割を果たしている。一方でスペインとの間で領土返還問題が数世紀の間続き、現在もスペイン政府はジブラルタルの返還を求めている。ジブラルタルの住民の 70%近くがスペイン系が締めているが、1967年と2002年の二度にわたる住民投票でもイギリス統治を選択している複雑な事情を持つ町だ。
英国領の一部とはいえ、独自の議会を持ち、首相も存在する。そしてジブラルタルでは独自通貨ジブラルタル・ポンドですら発行している。つまりいわば独立国家のような高度な自治を持った都市といえる。入国の際にも英国のような堅苦しさはなく、本国とは一線を画す。英国本国への入国審査は厳しい。パスポートコントロールは厳格に行われ、入国目的、滞在日数といった質問さえ行われる。これはジブラルタルのような英国の海外領土から空路到着したときですら、だ。ところがジブラルタルにスペインのラ・リネアから陸路入国の場合、審査どころかパスポートすら見られることがない。パスポートコントローラーにパスポートを見せようと、かばんから出そうとしたときにコントローラーの目にパスポートの存在がわかるとそのまま「OK」、と入国手続きは終了。あまりの簡素さ!?に私は唖然としてしまったほどだ。
陸路、空路問わずジブラルタルに入国すると直ぐに面白い光景を目にする。ジブラルタル空港はスペインとの国境直ぐ手前に位置し、滑走路は国境に並行するような形で伸びている。空港のターミナルは国境側に位置しているので、ジブラルタルの市内中心部に行くには滑走路を横切らなければならないのだが、ジブラルタル空港の場合、道路が滑走路の下をくぐるのではなく、横断しているのだ。滑走路を横断する道路には遮断機と信号が設けられ、飛行機の離着陸の際には信号が赤になり、遮断機がおり、往来を寸断し、直ぐ目の前で飛行機が発着する。飛行機が通り過ぎると遮断機があがり、信号機に青が灯り、再び道路の往来が行われるのだ。滑走路上を通行人や一般車両が往来するのは世界広しといえど、ジブラルタルくらいではなかろうか。尤も一日10本にも満たない定期便旅客機だからこそ成立するのだろうが。
ジブラルタルに訪れ嗚呼英国領に来たのだな、と思わせられるのは町の道路標識。つづりや名詞はイギリス風、例えばcenterがcentreとなっていたり、busはハンガリー語からの借用語Coachと書いていたりする。とはいえ町の中で聴く言葉の殆どがスペイン語、、人口の7割近くはスペイン人。しかし街の雰囲気はブリティッシュスタイルというアンバランスなギャップがここが英国でないことを実感させる。
熟年夫婦の珍道中 Dover / UK(by oiwasanさん)
<シェパード夫婦の大歓迎> Dover (July 01&02)
家のドアーを開けてもらって、玄関の中へはいってから恐怖感に襲われた。 もう一枚あるドアーの向こう側ではあるけれど、大型の2匹のシェパードが猛烈な勢いで吠えたててくる。 激しく動き回っており、今にもドアーをけ破って出て来て噛みつかれそう。 主人が制止するもナカナカおさまらない。
主人の説明によれば、一番上の4階が主人夫婦の寝室、居室で、シェパード家族は、七匹の子犬と共に3階に住んでいるとのこと。 我々に提供される一階の部屋を見せてもらう。 寝室二つとキッチン、バスルームで広々としている。 2階の大広間へ案内される。 この階にこの家の台所があり、この広間の一角で食事をとるようになっている。
総勢9匹の犬と共に、この部屋で過ごすことになる。 シェパードも我々を客として認知したようで、おとなしくなった。 子犬は生まれて2週間だそうで、かわいい盛りだ。 そのため母犬が、神経質になっており、他人が来ると先ほどのような騒ぎになるとのこと。 大きい部屋だが、大型のシェパード2匹が歩き回る上に、子犬達がじゃれあっているため、なかなか落ち着けない。 こちらは慣れていないこともあり、親犬の場合には近寄られると、ビクつく。
今までに、泊まった日本人の中で傑作だったのは、シェイクスピアを勉強している日本人女性で、英国人の我々に「マクベス」の講義をしてくれたと笑っていた。 この夫婦は好奇心旺盛で、いろいろな国の旅人が泊まって変わった話を聞くのを楽しみにしているようだ。 我々には日本語を教えてくれというので、ひらかな、カタカナの51文字を教えると同時に、双方の名前を漢字で書いてみた。 もちろん、先方の分は発音を適当な漢字に当てはめただけである。
女主人の方は、船舶会社で秘書の仕事をしていたとかで、非常に熱心に勉強していた。 驚いたことに、翌日の夕食のテーブルには、我々夫婦の名前を自分で書いて飾りつけをしてもてなしてくれた。 難しそうな漢字も正しく書かれていた。
この席には旦那がいなかったが、二交替勤務の夜番の方で出勤したとのことであった。 電気技師で、ド-バーの港に入ってくる船舶の電気関係の保守を任されているという。 海峡トンネルが開通したことで、フェリー会社の経営がはかばかしくなく、各種のコスト削減が行われた結果として、従来の三交替勤務が二交替に労働強化されたという。
ほとんどお客はいなかったが、乗降自由の市内周遊バスが一時間に一本の間隔で運転されており、市内遊覧の間に、ドーバー城、ホワイトクリフの2箇所でバスを降りて、見物をした。
ドーバー城は見事な城で、街を見下ろす丘の上にある。 中は広々としておりジープに引っ張られた連絡車であちこちと移動する。 城の地下には大戦中の指令部の跡や軍の病院などが当時の姿のまま残されており、観光スポットになっている。 空襲の爆音をスピーカーから流したり、病院の手術室では血のついたガーゼを置いたりして当時を再現しようとの工夫がなされている。 薄暗い地下壕だということもあって、グロテスクさの方が先に立っており、あまりいただけない。
ホワイトクリフの方は、その名のとおり海と空の青さの中でひときわ輝いている。 はるか向こうにフランスの陸地を望むと、その美しい自然とはうらはらに、第二次世界大戦の厳しい戦いの姿を思い浮かべてしまう。 何度も映画や写真で見たためにか、英国海軍の撤収作戦やその後の連合軍のダンケルク上陸作戦などで海上に無数の艦船が浮かんでいる姿につながってしまう。「地上最大の作戦」などという映画の場面が重なってしまうのは何ともやりきれない。
謎の生物追跡 IN ラップランド(by アルピニスとしさん)
平家の先導で無事ルオストBCに到着した。ここ北極圏では夕刻4時にもなると辺りは真っ暗で、携帯についているLEDライトが早速役立った。さすがのNOKIAである。車用バッテリーヒーターなるものをバンパー下に装着しなければならないことを平家から教わった。日本では600万くらいで売られているベンツのEクラスといえどもバッテリーが冷えていては、たとえモービルのオイルを入れていたとしてもただの鉄の固まりなのだな。
さて、一行はそれぞれが装備を展開した。ブリュッセルと大差のないヘルシンキからの移動で全員が防寒着を取り出していたが、BC近辺の気温は-6℃前後と大したことはなかったので、なんちゃって冒険ジャケットのHHジャスパーダウンだけのを続投とした。
さて、今回は3世代旅行(義理の両親、僕、配偶者、子)だったのだが、BCのログハウスがメゾネット方式ということで、子の安全の観点から僕たちは地上階となった。
寝室から周りを見渡せば膝上以上の雪だ。『歩くの大変そう。』と思いきや、んっ、足跡。動物の足跡。
どうも、ログハウスの周りをうろついているぞ。
そいつは何者。そして、何故このログハウスの周りを回るのだ?まさか、臆病者の草食系のウサギ君とかではありますまい。
だとすれば、リンクス?英国海軍のヘリの名前にもなってる山猫よりもさらにおっきいあのりんくす?と
頭の中は『○曜スペシャル、Kわぐち浩探検隊』にまでリンクスる。
もう、これはスノーシューでも履いて追跡しなければ冒険者とか探検者とか名乗る資格はないだろっ。
うわーっ、と今にも飛び出しそうな勢いまで胸の鼓動は高鳴っていたが、よく考えれば今回は家族旅行だった。
とかのような諸事情により追跡調査は3日後に引き伸ばされた。
さて、今回が始めてのスノーシュー本格投入。
僕の結論としては、北極圏のようなパウダースノーの雪原上ではスノーシューはこの上なく有効なツールである。特にラップランドのようなところだと、そこらじゅうが森となっているので、舗装されていないところを歩行するにはこれがないと不便だと思う。何を言う、はやみゆう(ふるっ)XCスキーがあるじゃんという御仁もおられるとおもうが、スキーでは苦労しそうなフィールドが結構ある。
実際、皆がスキーをして、自分が子供番を兼ねてソリと子供を抱えて坂をあがるときも、謎の生物のトレース追跡調査にもやはり便利だ。ただし『圧雪されていないところをスノーシューを履きながら子供のソリを引っ張って進む大作戦』というのは大失敗だった。スノーシューの付ける深い足跡はそりを沈没させるのだ。おかげで子供はソリとともに転倒、助け出そうと焦った自分も転倒。子供を抱えつつこけた体勢からの復活には相当厳しいものがあった。やっぱり思いつきで難しい事に挑戦すべきではない。
BC入りしてから、3日目。遂に来たー。追跡調査の時間だー。僕を除く皆が疲れからか早めに寝るという事になった。僕はオーロラ出現に備える監視役と言う役回りも兼ね、フィールドへと躍り出たのだ。毎日気になって仕方がなかった。なぜなら、謎の足跡は雪が降り続いてその跡が消えた後からまた新たなものが付けられているというような調子だったからだ。LEKIのストック、LEDのヘッドランプを装着して寝室のある寝室の裏手側に回り込む。雪は深く、既に腰の高さまではあるようだ。間近まで近づいて見ると、足跡の形状はどうもウサギさんっぽい。リンクスっとも笑えないぜ、とやや落胆しつつも、謎が解けるまでは追跡調査の手はゆるめられない。諦めずに足跡を追い続ける。スノーシューのおかげで雪上の移動は容易かったが、足跡の主はどうやらなかなかのお利巧さんだ。ただ、まっすぐに進むだけではなくて、樹林の周りをぐるぐると回ってみたり、自分の足跡を後ずさりしながら踏んで痕跡を消そうとしていた。まるでシートン動物記ではないか!僕は一人で感動しまくらちよこ、すぐにその事実を就寝中の皆に知らせたいくらいだった。それでも、自称熟練トレーサーの僕はそんなことには騙されないのだった。やはり、踏み跡の深さにばらつきがあり、おそらくより鮮明に踏み跡が残っているものこそ現在地に近いはずなのだ(ッてそんなこと誰でもわかるわいっ)。おおよそ1時間は足跡を追ってきただろうか。少し、疲れを覚えたその瞬間、LEDの照らした前方で2つの小さい点が反射した!
確信はないが小動物が走り去っていく。おそらくはウサギさん?
追うか?
いや、追わなかった。スノーシューは歩行には適しているが、走行を獲得出来るほどの余裕は与えてくれない。それに追う相手はフィンランドに生息している興味ある動物『リンクス』でもなかった。
それでも、それなりの充実感を後にしてBC・ログハウスへ戻る事にした。途中、休憩ベンチらしきものを発見した。
ベンチの上には買うと高価なトナカイの毛皮が惜しげもなく、然も無造作に敷かれ、その前には薪スペースがあった。後になって知るが、ラップランド地方にはこういった休憩ベンチが結構あるようだ。アウトドアが生活に直結しているサーメの人々らしい休憩スタイルだと思う。また、高価なトナカイの毛皮が無人のベンチの上に置き去りにされても何の問題もないというところがフィンランドの国民性をあらわしているように思う。ちなみ僕が現在住んでいるベルギーなどではそういうものをベンチにおいて置いたら、ものの5分くらいでなくなってしまう。
深夜の追跡調査終了!と思って、時計を見やるとまだ午後9時半だった。日暮れが3時ごろのせいか、どうも時間の感覚が狂ってしまう北極圏の夜の出来事だった。
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